スポンサーサイト

  • 2018.03.02 Friday
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


 魏の使節は、夏場に来日し、北海道に存在した「投馬国」から、「邪馬台国」へ向かった。 はたして、その経路とは。



■【25%OFF】日本の風景/富士山「富士一秀峰」


 日本における「国」の概念は、地方自治体を意味すると申しましたが、例えば、「山城国」は、現在の京都南部をさす旧国名ですが、この山城の国に、日本の首都の京都がありました。

 「邪馬台国」も、これと同じで、邪馬台国に、日本の首都があったわけです。

 この邪馬台国は、地方自治体としては、他の国と同格なのですが、地方自治体は、今の概念で言う、独立国ではないわけです。

 従って、魏の使節がどの様に解釈していたかは別として、彼らが、訪れたのは、日本の首都がある「邪馬台国」と言う事になります。

 それは、仮に、正式な地方自治体としての、名称が定まってないとしても、日本の一地方を呼ぶ地名として、そう呼ばれていたわけです。

 例えば、地図や文字が無い時代に、「富士山」を口伝で、そう呼ぶように子孫に伝えたとします。

 それで、十分、「富士山」は、「富士山」と言う地名として通用しているわけです。




■大雪山母なる大地


 さて、魏の使節は、その、日本の首都、「邪馬台国」をめざして、北海道の「投馬国」(現在の当麻)に来たのですが、そこから、水行10日で、東北の「十和田」到着します。

 そう、これは、おそらく、流氷の無い夏場の事だったのでしょう。

 「十和田」の地名は、「投馬国」から、10日かかったから、そう呼ばれたのかもしれません。

 また、「十和田」の「わだ」は、「わたつみ」(海の神)から来ている可能性もありますが、いずれにしても、海が関係しています。




■十和田湖山幻想


 その「十和田」から、「邪馬台国」へは、陸行一月です。

 その行程で、まず、関東を目指ますが、そこから、関東まで、1ヶ月はかかるでしょうか。

 当時は、道が整備されてなかったと考えられますが、それでも、関東までなら、2週間ほどで、到着するはずです。

 要するに、魏の使節の記述を基にした場合、「邪馬台国」は、関東地方に存在し得なかったと言う事です。

 となると、近畿地方が、やはり、有力と言う事になります。




■天 Universe〜美しき日本 百の風景より〜【NSDS-8259】=>10%OFF!天 Universe〜美しき日本 百の... 


 すなわち、魏の使節は、十和田から、陸行一月で、近畿地方に到達したと考えられるわけです。

 関東から、近畿までは、おそらく、東海道を行ったのでしょう。

 それは、食料の調達や、安全面を考えましても、海に面したコースをとるほうが、合理的である事は確かだったからです。

 そう言うコースをとれば、使節の船から、必要な物資の補給も受けられますし、危険が生じた時は、すぐに、船に乗船する事もできるからです。

 また、使節が陸路を行く前に、先遣隊を、船で、先行させ、陸路での危険性を調査したり、食料や水の調達をしていた事も考えられます。

 また、船には、「ヒミコ」への献上品なども積まれていたに違いありません。




■1967年 富士山と新幹線 写真記事【2P】


 さらに、船は、一隻ではなく、船団を組んでいたものと思われます。

 使節の目的は、単に、「邪馬台国」を訪問する事ばかりでなく、日本を調査することも、その目的の一つであったと考えられますし、何か、珍しい物があれば、持ち帰ったに違いありません。

 それ故、陸路をとったのでしょう。

 やがて、使節は、近畿地方に入り「邪馬台国」へ到達する事になります。

 やはり、「邪馬台国」は近畿地方に有った様です。

 が、しかし、それは、「魏の使節」が、日本を訪問した時点での事でして、ヤマト(仙人)が富士から、天孫降臨し、高千穂から、大分に遷都した後に、福岡や佐賀にも、一時的に、遷都した可能性もありますので、一概に、「吉野ヶ里」などの、九州説を否定しているわけではありません。

 「邪馬台国」は、ある時期において、九州に存在していた事は確かだと思います。





■神武天皇は吉野ケ里を攻撃した 




■会津若松、秋田角館、盛岡、弘前、十和田・・・東北地方を中心に桜名所を網羅しました。マイザM... 




■十和田観光電鉄の80年





 「邪馬台国」を特定するのに、最大の難関であった「投馬国」の所在地は北海道であり、 そして、「不弥国」は、大分の豊前だった。



■ハイビジョン特集 奇跡の山 富士山(DVD) ◆20%OFF!


 邪馬台国は、日本全体を指す、ヤマトの事ですが、中国では、日本の首都を、邪馬台国と誤解していた様です。 

 日本においては「国」とは、地方自治体を示す傾向にあったのですが、中国ではそれが分からなかったのでしょう。

 また、朝鮮半島にいた日本人(弥生人)たちが、中国(漢帝国)の、韓族の侵略によって、日本列島に逃れて来ましたが、その時、作った集落なども、中国では、国と解釈していた様です。 

 ところで、邪馬台国論争で、一番、問題になるのが、「奴国」の次の「不弥国」から、「投馬国」に至る、水行20日と言う記述です。

 「奴国」については、以前、「韓国人の奴隷商人が、日本の一部を占領し、ラチ誘拐した日本人を貢物の奴隷として、漢帝国に差出して、かってに、漢帝国から国の認可を得た」と、申しましたが、その隣の「不弥国」は、通説では福岡の宇美町であると解釈されています。




■西日本古代紀行


 しかし、宇美町は内陸であり、その由来は、神宮皇后が、天皇を出産した事から来ている様です。

 私は、この「不弥国」(ふみこく)が、大分の豊前だと解釈しております。

 「ふみ」とは「文」から来ており、それを音読みにすると「文」(ぶん)であり、漢字が伝来して、「豊」と言う文字を当て、「豊前」(ぶぜん)、豊後(ぶんご)と言う様に分かれたのだと思います。

 この地は、天孫降臨で、初期の邪馬台国と呼ばれた地域が有った場所だと思いますが、これは、日本の首都であって、国ではありません。




■天孫降臨 25度 720ML 


 この豊前は、関門海峡の、九州がわの地域にもかかっており、この「不弥国」(ふみこく)から、関門海峡を抜けて、南に、水行20日で「投馬国」に至ると記述されているのです。

 この通りに行けば、太平洋上に出てしまい、陸地は、どこにも無いと言う事になってしまいますので、邪馬台国が特定できない大きな原因となっている訳です。

 ここで、源平合戦の、「壇ノ浦の戦い」を思い出していただきたいのですが、最初、優勢だった「平家」が、「源氏」に敗北します。

 これは、潮の流れが変わった為とも言われますが、「魏」の使節が、日本に来た時も、ここへ来て、その、潮の流れが変わったのではないか、と私は、解釈しています。




■源義経と源平の合戦


 すなわち、魏の使節は、確かに、南の方角へ、行ったのですが、潮の流れの変化によって、再び、日本海側に押し戻され、対馬暖流に乗って、北海道まで行ったと考えられます。

 使節の人々も、船旅で、一日中、起きていたとは考えられません。

 おそらく、昼寝でもしていて、気づかなかったのでしょう。

 また、水先案内人と、記録係とは、それぞれ役割も違うでしょうし、水先案内人は、船を操る立場上、分かっていたとしても、記録係の行動は別だったと思われます。

 あるいは、その水先案内人が、日本人で、「日本の防衛上、機密保持の為」などの理由から、わざと、複雑なコースを辿り、使節を案内したのかもしれません。

 そして、問題の「投馬国」ですが、地図上で調べたところ、驚くべき事に、北海道に、本当に「とうま」と言う地名が有ったのです。

 それは、北海道、中央部にある「当麻」(とうま)と言う所で、何と、それは、アイヌの遺跡「神居古譚」(かむいこたん)[(神の部落)の意味]の近くに位置していました。

 この事から、「当麻」(とうま)と言う地域に、古代から、文明が有った事が、裏付けられた形になったのです。

 ですから、仮に、この地に、魏の使節が来たとしても、おかしくはないと言う事です。

 ちなみに、現在の「当麻」(とうま)は、「でんすけスイカ」で有名らしいですね。

 さて、次回は、そこから、邪馬台国へ向かいます。





■【送料無料】北海道当麻産 でんすけスイカ 7kg位




■日本空からの縦断(2)




■関門海峡新装版




 「鹿島神宮の三つ巴の紋章」と、「王」と言う漢字は、アマテラス、ツキヨミ、スサノオを表わし、それは、勾玉の発祥となる。 スサノオは、王の始まり。



■富士山 松/ポスターイレパネフレームセット 


 漢字の「山」とは、本来、仙人が住む、三神山(富士、箱根、天城)を意味する固有名詞を表わすものでしたが、それが、現在では、「ヤマ」を表わす普通名詞に転化しています。

 これは、以前も、述べた事ですが、「山」も象形文字と考えられますので、固有名詞であったとすると、固有の風景を、線で描写したものと言えます。

 固有の風景とは、もちろん、三神山(富士、箱根、天城)ですが、では、何処から、それを見て、線に描写したのでしょうか。

 「山」と言う文字は、真ん中の線が富士で、左の線が、箱根、右の線が、天城となっていますので、海がわから、三神山を見たものを、そのまま「山」と言う形に描写したものでは無いと言う事です。

 海がわからですと、左右が逆になってしまいますので、その逆の、富士山から箱根、伊豆の天城を見た時の形と言う事になります。

 いずれにしても、単純な描写ではないですね。




■ジン・シマクラ版画『OTOME TOHGE』 【乙女峠】


 なぜ左の線が、天城山ではなく、箱根かと申しますと、左側の縦線は底辺の横線とつながった、角(└)があるからです。

 これは、四角い箱を表わすもので、方丈(箱根山)を意味するからです。

 それに対し、「山」の右の線は、縦に、一本あるだけです。

 ちょっと、分かりにくかったと思いますが、とにかく、この「山」と言う文字は、本来、仙人が住んでいたと言われる三つの山、すなわち、「三神山」(富士山、箱根山、伊豆の天城山)を表わすものであった、と言う事です。

 それ故、「山」と言う漢字は、「三」と言う漢字と同様に、「さん」と発音します。




■V-music 08『富士彩景〜The Great Mt.Fuji〜』/BGV[DVD]


 文字発祥の、初期の段階では、富士を表わすのに「大」「天」「人」「A」など、様々な文字が考案されましたが、それらは、多くの意味を含んでいましたので、やがて、それぞれ、現在の、その文字の表わす意味になって行きます。

 そこで、「山」と言う、固有名詞が、現在の「山」を表わす普通名詞として、残ったのだと思います。

 ここで、なぜ、以前、述べた事柄について、再び、スポットを当てたかと申しますと、「三」と言う文字が重要で、それに、注目してもらいたかったからです。




■【送料無料選択可!】三波春夫 〜歌芸の軌跡〜 / 三波春夫


 結論から申しますと、この「三」と言う文字から、「王」「玉」と言う文字が生まれて行きます。

 「王」は、この世界すべてを支配する「三神」を意味します。

 また、「三」を貫く、縦の線は、「三神」が一体となっている事を意味し、それが、「ひも」となり、「勾玉」をつなぐものとなります。




■翡翠 清翠鳳凰雅勾玉


 つまり、「三」は「勾玉(まがたま)」によって、具象化され、「王」の中央の線が、それをつなぐ「ヒモ」になり、その結果、三神の「王」を象徴する「勾玉」の首飾りができあがったわけです。

 その証拠に、「玉」は、「王」に点をつけただけの文字で、この点は、「勾玉」の穴を意味し、単に、点を付けただけで、「王」ではなく、「玉」と言う、「宝石」となるわけです。

 「宝」と言う文字も、なぜ、こう言う形になったか、分かりますね。

 この「勾玉」は、アマテラスと、ツキヨミを表わす事のみ用いられたら「陰陽マーク」となり、スサノオまで含めると、「三つ巴」の紋章になります。



■【シルバーアクセサリー/キャッチピアス】LL陰陽スタッドピアス 


 「勾玉」とは、「まがいものの魂」と言う意味ですね。

 「まがいもの」と言えば、悪い印象を与える様ですが、そう言う意味で使っているわけではありません。

 要するに、それは、「魂とみまがうばかりのもの」と言う意味で、(偶像崇拝の)一種の偶像とも言えます。

 ところで、「アマテラス(おおみかみ)」、「天照大神」と、一般には書かれますが、これは、当て字ですね。

 よく、考えてみますと、発音と、表記に矛盾があるのがわかると思います。

 「おおみかみ」の漢字による表記は、「王三神」、「大御神」、「大三神」などが、妥当と思われますが、私は、「アマテラス」と「おおみかみ」が、別であって、数千年前から伝承された事柄を、漢字に置き換えた時に、混乱したのだと思います。




■伊勢神宮〜受け継がれるこころとかたち〜【COBB-5436】=>10%OFF!伊勢神宮〜受け継がれるこころ... 


 習慣的に、そうなってしまっているので、今さら、しょうがないのですが、「おおみかみ」と発音した場合は、「三神」を意味するものだったのではないかと言う事です。

 つまり、「王三神(おおみかみ)」と言う事です。

 この事から、「アマテラス」も「王」であり、「スサノオ」も、「王」であり、ツキヨミも「王」であったと考えられますが、「スサノオ」の「オ」が、「王」の、「おう」と言う発音になったと考えられます。




■右三つ巴(182)


 さらに、「羊」と言う文字は、動物の「ひつじ」を表わしますが、それは、「ウエーブ」している事を表わしています。

 「羊」の角や毛は、カールしていますし、うずまきもあります。

 海の波にも、「ウエーブ」「渦巻き」がありますが、海を表わす「洋」も、同じですね。

 すなわち、これも、「王」からできているのです。

 「王」は、三神を表わしますが、それが、三つ巴になり、ウエーブし、渦舞いているのが、「鹿島神宮」の三つ巴の紋章です。

 但し、日本には、「羊」は居なかったと思われますので、これは、中国で、そう言う類似点から、「ひつじ」に、「羊」と言う文字を当てたのでしょう。

 だから、「洋」も、「羊」も、「よ・おう(王)」と発音していたと思われますが、次第に「よう」と発音する様になったと考えられます。

 そう言えば、「様」も、そうですね。




■★Wii本体が抽選で当たる★NHK富士山 2008年カレンダー 




■怪獣大戦争(DVD) ◆20%OFF!
 
 宇宙空間で、地球で、ゴジラ、ラドン、キングギドラが三つ巴のバトルを繰り広げる!





 古代朝鮮半島の、新羅の、「シラギ」と言う地名の呼び名。 それは、日本語に由来していた。 そこには、本来、弥生人が住み、 




 古代朝鮮半島にあったと言う「新羅」と言う国についてですが、新羅と言う国名は、「シラギ」と言う読みに、漢字を、後から当てたと言う事は、明らかだと思います。

 中国語では、こう言う発音はしないでしょう。

 では、どこから、こう言う発音が来ているかと申しますと、日本語の、「白木」から来ているものだと思います。

 以前、「スサノオ命」が、新羅から材木を持ち帰った事に付いて述た事がありますが、その時のテーマは、「なぜ、新羅と言う地名が用いられたか」と言う事でした。




■富士山風光200景


 そこでは、「日本書紀」や、「古事記」が書かれた時代には、朝鮮や、朝鮮半島と言う地名が無かったので、朝鮮半島を表わす言葉として、「新羅」と言う言葉を用いざるを得なかった、と言う事を述べました。

 その「シラギ」と言う地名が、なぜ発生したか、これは、おそらく、誰も研究していない事柄だと思いますね。

 これは、「スサノオ」の記述にもみられます様に、ここが、木造建築に使う「白木」を製造していたから、そう呼ばれていたものだと思います。




■出雲大社御本殿 100分1


 これは、その当時、そこに、弥生人が住み、日本語が使われていた有力な証拠だと思います。

 なぜならば、その、「シラギ」が、そのまま、国名の「新羅」になっているからです。

 しかし、「白木」が、そのまま、国名ですと、製品名みたいですので、「新羅」としたのでしょう。

 「新羅」は、森羅万象にヒントを得ているのだと思いますが、どうみても、当て字ですね。

 気になるのが、朝鮮語で、現在、「シラギ」と発音されているかどうか、と言う事ですが、そう発音されていないにしても、当時(今から、3000年前。 中国では、周の時代あたり、)の発音は、やはり、日本語の、「シラギ」だったと思います。

 なぜならば、その当時は、朝鮮語は、存在しなかったからです。
 



■富士山 松/ポスターイレパネフレームセット 




■古代人と巨大建造物の謎


 

■ジン・シマクラ版画『GRACE OF FUGAKU』「グレース オブ 富嶽」 



 

 アトランティスは、大西洋ではなく、太平洋に有った。 ヤマトは、沈み行く、アトランティスから逃れ、関東縄文文明を築く。 神武東征以降の、その子孫の系譜。



■三保の松原


 海中に没した、アトランティス大陸は、哲学者のプラトンが伝えるところのものですが、その存在した場所には、色々な説があって、ヨーロッパでは、大西洋に有ったと思われていました。

 しかし、プラトンの時代には、まだ、アメリカ大陸も発見されていませんでしたので、海の向こうには、インドが有ると信じられていたわけです。




■純国産糸魚川ヒスイ勾玉 25mm 


 コロンブスが、アメリカ大陸を発見し、それをインドだと思って、住民をインディアンと呼んだと思われるのですが、要するに、この頃は、まだ、太平洋、大西洋と言う概念が無かった訳です。

 私は、大西洋でも、島は沈んだと思いますが、それは、大陸が移動し、アフリカから、アメリカが分離して行く時に沈んだもので、アトランティスが沈んだのではないと思います。
 
 さて、その大陸移動のエネルギーについては、太平洋上に有った、アトランティス大陸の沈没にあると申しましたが、逆に言えば、アトランティスが沈没しなければ、大陸移動は起こりえなかったと言う事です。




■【送料無料選択可!】海底2万マイル / 洋画


 かつて、パンゲアと言う大陸がありましたが、それは、今の大陸のすべてが合体した、巨大な大陸でしたが、その大部分は海底に有り、その上に、南極の様な氷が、覆いかぶさっていて、大陸の様に、存在していたのです。

 その氷が、氷河期の終焉と共に消滅して行きます。

 当時は、唯一絶対の大陸は、アトランティスでしたが、地球の裏側で、質量が消滅したので、そのバランスを保つ為に、沈み始めます。

 ちょうど、バスや電車などの長いすで、重い人が座ると、両脇の人が、そつらに引き寄せられ、居なくなると、元の位置に戻る様なものです。




■海底宮殿


 この、氷河期の終焉は、大量の海水を生み出し、アトランティスを侵食して行きました。

 だから、アトランティスは、単に、沈没したのではなく、侵食もされて、崩壊していったのです。

 その沈没の時に、出来たのが、太平洋の地震に関係するプレートだと思いますが、太平洋には、1万メートルもの深い所もあれば、3000メートル位の深さの所もあります。

 この、3000メートルの深さのところは、アトランティス大陸が、侵食された時に発生した土砂が、本来、1万メートル有った海底に、降り積もったものであるとも考えられます。

 あるいは、3000の深海の地点まで、大陸が、そのまま、沈んで行った事も考えられますが、やはり、土砂が、埋めたと言う考えも、否定できません。

 厳密には、その両方だったと考えられます。

 この侵食作用による、大崩壊が、プラトンの言う、アトランティス大陸の沈没ではないかと思います。

 アトランティスが、直接、その重みで沈みだしたのは、パンゲアが有った時代ですから、おそらく、何億年とか、何年万年とか、そう言う単位の事です。

 つまり、突然、沈んだわけでは無いと言う事です。




■ジン・シマクラ版画『Gate Way East』「ゲート ウェイ イースト」 


 それ故、1万年前の氷河期の終焉から、7000年前の海水面の大上昇の時は、主に浸食作用による大崩落によるものだったと思われます。

 この、1万年前から、7000年前にかけての沈没が、アトランティス大陸を完全に消し去った訳です。

 この時の、水位の上昇が、少なくとも、40メートル以上で、もしかしたら、数百メートルあったのかもしれません。

 この時の水位の上昇は、氷河から溶け出した水ばかりでなく、アトランティス大陸が、海に没した事による、見かけ上の水量の増加も含まれている訳です。

 沖縄の海底遺跡は、この時、沈んだのでしょう。




■謎の沖縄海底遺跡〜ミステリアス・ダイヴ〜/ドキュメント[DVD]


 さて、その大陸の大崩壊が、7000年前に起こり、ヤマトたちは、ハヤトと共に、日本の鹿児島へ逃れてきたと考えられます。

 しかし、この水位の上昇の圧力(地下水位の上昇が、マグマに影響する。)の為か、この時期、信じられないほどの、強烈な火山の爆発が起こります。

 何しろ、火山島の爆発で発生した火砕流が、海上を100キロ以上も渡り、鹿児島の縄文文明を壊滅させたのです。

 しかし、鹿児島の縄文文明のヤマトたちは、ハヤトを残し、その前後に、関東へ移っていましたので、関東縄文文明を築くことが出来たのです。

 それが、富士を中心とした、ヤマトの、仙人の文明と言う事になります。

 ちなみに、その系譜は、縄文時代の終焉を意味する「天孫降臨」の、後の時代にも続いておりますので、それを、もう一度、振り返ってみます。

  
 アマテラス(ヒミコ) 富士山を拠点     後の、藤原氏
 ツキヨミ        箱根山を拠点    後の、北条氏
 スサノオ       天城山を拠点     後の、蘇我氏

 大国主(スサノオの息子) 東北の蝦夷
 




■オーパーツ大全




■新説ムー大陸沈没





 アルファベットの「H」は、富士の火口が語源であり、その読み「エイチ」も、「A」と同じく、富士の中国での呼び名「エイシュウ山」から来ている。



■激流(冬富士)


 「H」は、富士の火口が語源であり、その読み「エイチ」も、「A」と同じく、富士の中国での呼び名「エイシュウ山」から来ています。

 前回、藤原氏の関東縄文時代における呼び名が、「天の児屋根の命」であり、その「児屋根」とは、富士の雪が積もった部分であると申しましたが、「H」で始まる英単語も、家にちなんだ言葉が多いのです。

 これは、「H」が、富士の火口を表現する為に考案されたものである事の、裏づけとなります。

     home(家)
     house(家)
     hole(穴)、富士火山の火口から来ている。
     holly(神の)、まさに、富士の高天原の、アマテラスは神である。
     high(高い)、富士は高いので、それから来ている。
     hygeia(女神の)、アマテラス。




■水晶 勾玉


 小文字の「h」は、「n」の棒が延びたもの。

 「n」は、根の国、すなわち、アマテラスの弟「ツキヨミ」の、ヨミの国を表わすものであり、上から、穴の奥まで、棒を伝わってゆくと、「n」に到達すると言う意味だと思います。

 また、大文字の「H」も、同じ意味から作られています。

 構造を分析しますと、「H」の中央部の横線は、その二本の横棒と接触することにより、根の国と、現世を区切る境界線となっており、その区切られた、上部の領域が「火口の穴」、下部の領域が「根の国」と解釈できます。

 「根の国」は、本来、ツキヨミが支配する方丈山(箱根山)ですが、富士の噴火で、火の玉(フェニックス・鳳凰)が、飛び出し、蘇るためのヨミからの出口でもあります。




■奇跡の山 富士山 DVD【ポイント10倍還元!】 


 昔、墓場で、「火の玉」が、目撃され、それが人の霊魂と信じられ「人魂」とも呼ばれていましたが、それは、富士が噴火の時に放出する、火の玉の、火山弾「フェニックス(不死鳥)」と、同じ様な物と考えられたのでしょう。

 従って、「H」の中央部の横線は、両脇の二つ縦線(富士山と、箱根山)、すなわち、「蘇りの富士」(富士は、不死である。それは、蘇るからである。)と、「根の国の箱根」の通路を意味しているとも考えられます。

 おそらく、その二つの意味が、掛け合わされているのでしょう。

 また、「エイチ」の「チ」は、「地」から来た発音だと思います。
 





■富士山 雲/ポスターイレパネフレームセット 




■富士(16枚セット)




■春爛漫




 藤原氏は、7000年前から、日本を支配していた可能性があり、天児屋根命と呼ばれていたが、富士の高天原(富士原)で神事を行っていたときは、その家系から、日御子( ヒミコ )を出していたと思われる。



■【2000P】 富士山


 藤原氏は、7000年前から、日本の支配者であった可能性がり、富士山に居たときは、天児屋根命と呼ばれていました。

 平安時代における藤原氏は、それ以前には、中臣(なかとみ)ともよばれていましたが、しかし、これは、臣(おみ)、連(むらじ)における、臣の中心となっていたので、そう呼ばれていたのではないかと思います。

 つまり、正式な名前ではなかったのではないか、と言う事です。

 藤原とは、本来、富士の高天原の事で、「富士原」だったと思いますが、先祖の、天児屋根命は、富士の神事の中心的な存在だった事は確かです。

 と言う事は、日御子(ひみこ)が、天児屋根命から、出ていた可能性が高いのです。

 つまり、平安時代における、藤原氏と天皇の関係と同じですね。




■ハイビジョン特集 奇跡の山 富士山【NSDS-9951】=>10%OFF!ハイビジョン特集 奇跡の山 富士山 


 天児屋根命は、世襲制の神官の様な存在で、「スサノオ命」と同じ様に、生まれ変わり、輪廻転生で、その魂が、次の世代の、天児屋根命に受け継がれていったものではないかと思われます。

 要するに、天児屋根命も、大国主などと同様に、個人名ではなく、例えば、歌舞伎や、将軍、天皇などと同じ様に、官命に近いものだったと思われます。

 だから、本来、第何代目・天児屋根命と言う様に、言われてもおかしくは無いわけです。

 富士山は、2000年前は、中国から、三神山の一つ、エイシュウ山と呼ばれていましたが、私は、天児屋根命(あめのこやねのみこと)の「天児屋根」とは、富士の、雪がかぶった頂上付近の事を言うのだと思います。

 今でも、アルプスなどを、日本の屋根などと言うでしょう。

 だから、そう解釈しても、まったく、おかしくないわけです。

 富士の雪が積もった頂上付近は、小さい屋根の様にも見えるはずです。




■【送料無料選択可!】富士彩景〜The Great Mt.Fuji〜 V-music08 / BGV 


 この、「ワンポイント日本史論」のシリーズで、アルファベットの「A」は、エイシュウ山(富士山)をかたどったものである、と申しましたが、その上部の三角形の部分が「天児屋根」であり、その底辺の線が、「A」の真ん中の境界線にあたります。

 また、その「エイ」と言う読みも、ぴったりで、そのエイシュウ山から来ているのは、明白でしょう。

 関東縄文時代に花開いた、実在した、神話の世界ですが、今の時代より、自由でおもしろいとは思いませんか?

 こんな、ロマンス溢れる世界が、天孫降臨と共に、消滅して行きます。

 これは、富士の噴火の為に、そうなったのだと思いますが、米作中心の、天候に左右されやすい産業構造に変化した事が、災害に弱い権力構造を招いたものではないかと思っております。

 もし、現代の東京に、富士の噴火が、襲い掛かったら、どうなるでしょうか。

 これは、地震より、はるかにすごい、災害を招きますね。

 火山灰が、1メートルも降り積もったらどうなります?

 火砕流が、東京を直撃したら?

 


■ジン・シマクラ版画『LEGEND』 【レジェンド】 


 その、日御子の孫である、ニニギ命の、天孫降臨以降、アマテラスの言葉を伝える家系の、天児屋根命(あめのこやねのみこと)と、現世支配の、スサノオ命の息子、大国主とは、対立関係になりますが、東北平定で、一致協力します。

 そして、いよいよ、九州へ、常陸から、日向へと、降臨してゆくのですが、ニニギ命は九州で没します。

 その意志を受け継いだのが、ひ孫の「神武」でしたが、関西平定に動く事になります。




■フジミ 1/100 興福寺 五重塔【500232】【税込】 フジミケンチク7 ゴジユウノトウ [フジミ... 


 やがて、関西を中心とする中央政権が誕生しますが、その時、アマテラスの言葉を伝える、天児屋根命(あめのこやねのみこと)の子孫の、「藤原氏」と、アマテラスの弟である、スサノオの子孫である「蘇我氏」は、再び、対立関係に入りますが、征夷大将軍と戦った東北の「蝦夷」も、スサノオの息子の、「大黒さん」の家系だったのです。

 何たる、歴史ロマンでしょうか。

 それに気づく歴史家は、私、以外にはいないと言うのは、まったく、残念な事です。

 数千年前に花開いた、富士を中心とする関東縄文文明、実に、素晴らしいですね。



 [ワンポイント・漢字レッスン]

 ちなみに、「山」は、三神山を意味する固有名詞でしたが、現在の「ヤマ」を表わす普通名詞に転化したものと思われます。

 




■富士と五重塔/ポスターイレパネフレームセット 




■金剛力士(仁王)70cm 




■奈良市内散歩28コース 




 漢帝国の言う「倭国」とは、「三韓」を含む奴隷供給地であり、「日本」の事ではなかった。 さらに、「奴国」は、日本の一部が、韓国人の奴隷商人に占領されたものだったのである。



■MIXA Image Library Vol.139 富士百景 -Mt.Fuji 


 以前、朝鮮半島における、「百済」は、弥生人が建国したと申しましたが、覚えておられるでしょうか。

 これは、漢帝国の「三韓」の侵略で、日本へ逃げ遅れた弥生人達が、山岳地帯に立てこもっていましたが、その人たちが建国したものなのです。

 「三韓」は、漢帝国の崩壊で、後ろ盾を失ったばかりか、「魏」と言う敵に、背後を脅かされる様になります。




■『三国志演義[特選篇](DVD)』 


 そこへ、日本から、神宮皇后が、三韓征伐にやってくる、と言う噂を聞いて、浮き足立ちます。

 その機を逃さず、弥生人達の残党が、一斉蜂起し、「三韓」の西側に、攻めかかったのです。

 (この一斉蜂起の「斉」と言う文字も、「百済」の「済」と言う文字とよく似てますね。)

 おそらく、「三韓」の支配者達は、戦わずして敗走し、その残党は、朝鮮半島東部に結集して、「新羅」を作ったと思われます。

 それで、日本軍が来た時は「三韓」は無く、あやまって、「百済」と戦ってしまったのでしょう。




■ジン・シマクラ版画『Evening Prayer』「イヴニング プレアー」


 この時点で、本来、日本の土地であった朝鮮半島を取り戻しはしたのですが、なぜ、日本の土地であったと言えるのかと申しますと、朝鮮半島でも、縄文土器が発掘されるからです。

 また、「三韓」が置かれた、漢帝国全盛の時代には、朝鮮半島ばかりか、日本列島の一部までが、韓国の奴隷商人に占領されてしまったのです。

 それこそ、九州の博多の「奴国」でした。

 「奴国」は、日本の住民をラチ誘拐をして、漢帝国に送っていました。

 その奴隷たちは、匈奴の侵略を防ぐた為の、「万里の長城」の整備に利用されたものと思われます。

 ところで、ネットで、調べていましたら、研究者のサイトに、次のような記述がありました。

            ---------------


 「後漢書倭伝」には、後漢朝の記録によったらしい、次のような年代付きの記事があります。

建武中元2年(57)、倭奴国の使者が、貢ぎ物を奉げて光武帝のもとに挨拶にきた。
使者は大夫と自称した。倭奴国は倭国の一番南の地である。

光武帝は倭奴国王に印章と下げひもを賜った。

安帝の永初元年(107)、倭国王の帥升は奴隷160人を献上して、
皇帝の謁見を願ってきた。

        (中国の古典17 『倭国伝』 藤堂明保監修 学習研究社 による)
 



             ------------




 この記述から、「漢帝国」の言う「倭国」とは、「三韓」を含む、奴隷供給地を示すものであり、博多の「倭奴国」は、「後漢書倭伝」の記述どおりに、「倭国」の一番南の地であったと思われます。

 つまり、漢帝国は、弥生人が住んでいた朝鮮半島(当時は、そんな名前は無かったので、弥生半島とでもしておきましょうか。)を侵略したばかりか、日本列島の九州の博多と言う地域をも占領したのです。

 だいたい、「金印」の「漢委奴国王」の文面を、どこを、どう読んだら「漢の委(わ)の奴(な)の国王」などと言う読みが出てくるのでしょうか?

 これを、常識的に読めば、「漢が、奴隷の供給を、委託した国の王」と言う事になるはずです。

 また、「それならば、なぜ、博多の奴国が、韓国と言う名前にならなかったのか?」と言う疑問を持つ人がいるとすれば、なかなか、優秀な人でしよう。

 それは、漢帝国の建国したものではないからです。





 漢帝国は、あくまでも、匈奴から、中国を守るために、万里の長城の東での領域を確保し、その整備を急いだのであって、日本など、眼中に無かったはずです。

 遊牧民が侵入すると、農耕民族の生産した、穀物や野菜などが、遊牧民の羊などに、食い荒らされるから、それを防ぐためですし、また、遊牧民そのものが、強力な軍事力を持っていましたので、同時に、その軍事力の侵入をも防ぐためです。

 又、漢帝国には、強力な水軍は無かったと思われますし、わざわざ、何の脅威も無い日本に、軍隊を送って遠征する必要も無かったのです。

 それ故、博多を占領したのは、多少の軍事力を持った商人だったと思われます。

 あの時代、漢字は、まだ、日本の文化にはなっていませんでした。

 なのに、奴国の「帥升」は、自分の名前を漢字で表現し、漢帝国に朝貢して、奴隷を献上する位ですから、中国人であることは、間違いなく、それも、三韓に近い場所にある事から、やはり、韓国の奴隷商人と考えるのが妥当でしょう。





 ところで、「倭」とは、「人をまかせる。」と、言う意味ですね。

 これは、最近の、人材派遣、あるいは、一昔前は、違法な、ピンハネの中間搾取の、土方(どかた)の人夫だしも、手配師などとも呼ばれ、人をさがして、建設現場に、労働者として提供していましたが、それと、同じ様な意味です。

 また、この事は、知っている人も、ほとんど、居ないと思いますが、三韓ができる前の地図に、新羅のあった地域に、「矮」(わい)と言う地名がありまして、これは、矮小の意味だと思いますが、小人が住んでいたと思われます。

 この「矮」も、「倭」と、よく似ているでしょう。

 つまり、2000年前には、朝鮮半島に、縄文人・弥生人がすんでいまして、漢帝国からは、「倭」と呼ばれていたのだと思われます。

 ですから、確かに、「倭」も、日本の一部だったのですが、日本の地域の名前であり、日本全体の呼び名ではありませんでした。

 日本は、ヤマトであり、漢字伝来後に、むりやり「倭」を当てはめてしまったのでしょう。


 近年、北朝鮮による拉致誘拐問題が発覚しましたが、日本は、2000年前にも韓国人からラチ誘拐され、さらに、元寇の残党(エタヒニンと言う、人食い人種)に、ラチ誘拐され、食料になると言う被害を蒙っているわけです。

              




■陳寿が記した邪馬台国




■物語神功皇后(上)




■宗像大社文書(第2巻)








百は、白から生まれ、黒は、ヨミへ行く事を意味する。



■デュトワ/ホルスト:惑星


 百済(くだら)は、百歳とも読めますし、弥生人が作った国だと申しましたが、この「百」こそ、富士の仙人の文化を意味するものだったのです。

 百は、日の厄(ひのやく)と言う意味だと思いますが、それは、厄年と同じ様な意味で、百年で、白髪になり、厄年となる事を、表すものだと思います。

 最初、白髪を表わす「白」で表わしていたと思いますが、それが、数字の桁の単位を表わす事に用いられる様になって、一白、二白と表現され、その「一」と、「白」が合体して、「百」になったのだと思います。




■旅人の安全を守る石・【パワーストーン(天然石)】天然ターコイズ30mm勾玉・本体のみ


 「しろ」は、「死路」にも、通じ、また、「百」が、「一百」とは、言わないのは、すでに、「一」が、「白」と合体してできたものだからでしょう。

 「死路」の次は、「苦路」でもあり、「黒」と言う文字は、「日」が「土」を焦がし、没して、ヨミの国へ行く事を意味します。

 それは、つまり、日没を表わし、ヨミは、「夜見」であり、それは、昼間の「白」から夜の「黒」になる事を意味します。

 すなわち、これは、日(ヒミコ)が、ヨミ(黒)へ向かう事を意味します。

 ちなみに、ツキヨミは、月夜見でありますが、月が出ない、夜見もあります。

 「夜見」を、「黄泉」と書き、黄色と言う文字を当てますが、それは、月が黄色だからでしょう。 



【ワコール】秋LALAN ララン ボーイレングスショーツ  【0724LALAN】

商品番号 PSA640
価格 2,500円 (税込 2,625 円) 送料別




■つきよみ/素顔






 関東縄文文明の権力構造。 富士、箱根、天城、三神山の支配階級。



■富士山

 世界文明を生み出した、関東縄文文明。

 それは、富士山、箱根山、伊豆の天城山の、三神山を拠点とする、仙人達の文明でした。

 「仙」の意味は、「三神山」の人であり、ヤマトを意味するものでしたが、ツキヨミや、アマテラス、スサノオが、現在から、5000年も前のエジプトのピラミッドに、どうして、影響を与える事ができるのか、それに、矛盾を感じる人もいるでしょう。

 これは、今から、7000年前の、縄文海進の時代に、アトランティス大陸(ムー大陸)から、ヤマトの一団が、日本に、逃れて来てから、天孫降臨までの間の、約5000年間を通じて、アマテラスや、ツキヨミや、スサノオは、存在し続けたからです。

 (縄文海進とは、今から、7000年前に、海面の水位が、世界的に、5メートルも高かった事を意味するものである。 逆に言えば、その時期に比べて、現在は、5メートルも、水位が下がっているのである。 それなのに、「地球温暖化で、海面の水位が上昇して人類が絶滅する」と、さわいでいる馬鹿がいるのである。)

 それは、現在においても、数億年前においても、太陽や、月や、海が存在したのと同じです。




■FUJIYAMA Vol.1 Mt.Fuji 


 つまり、それらは、古代人が想像した宇宙のメカニズムであり、そう言う神々がいたと信じられていたわけですが、それを伝える人間達がいたのです。

 それこそ、日御子(ひみこ)であり、ツキヨミの霊媒師であり、輪廻転生のスサノオだったのです。

 それら人々は、その時代ごとに、ヤマトの支配階級の中から、歌舞伎役者の襲名の様に、受け継がれていったと思われます。

 スサノオの息子の、「大国主」にしても、そうであり、それは、征夷大将軍と同じ様なものであって、人名ではありません。

 だから、縄文5000年の間に、何百人もの、日御子が居たでしょうし、ツキヨミやスサノオや、大国主も、そうだったと思います。

 又、天孫降臨も、日本に、漢字が伝わってからの概念であり、それまでにも、何度も天孫降臨は行われていたはずです。

 ただ、関東縄文文明、最後の天孫降臨が、一般に、そう呼ばれているわけです。




■ハイビジョン特集 奇跡の山 富士山(DVD) ◆20%OFF!


 この、最後の天孫降臨時の、アマテラスや、ツキヨミや、スサノオ、大国主が、現在の歴史に、重要な意味をもつ実在した人物であり、一般に、アマテラス、ツキヨミ、スサノオ、大国主と言えば、彼らを指します。

 また、その時代から、藤原氏や、蘇我氏なども、関東に領地を持っていました。

 蘇我氏は、「我、蘇り」と、言う事であり、おそらく、スサノオ、大国主の子孫であり、その勢力範囲は、伊豆から、千葉へ及んでいたと思われますが、彼らは、貿易をしていましたので、出雲や、中国の蘇州などにも、拠点を持っていたと思われます。

 また、藤原氏の拠点は、茨城県にあり、筑波が、一時、日本の首都にもなりました。

 さらに、東北を平定した時は、仙台が首都になり、その名残が、宮城と言う名前だと思います。



■山と渓谷社YAMAP 北岳・甲斐駒・仙丈・鳳凰三山
 



■鹿島臨海鉄道キハ1000形 2輌セット(TOMIX 製 Nゲージ 気動車) 




■406-鹿島神宮(茨城)家紋刺繍クッション

 





calendar
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< May 2019 >>
sponsored links
楽天市場
姉妹ブログ・出版作品
魚
私のブログ (詩的風景の見える、カフェテラス)懐かしの文学・シネマ・テレビ・文化館・DVDショップ

キンドル出版 秘密ジュン 芸術館 第一パビリオン Jun Secret Art Museum 火星の恐るべき生命体
infotop
時計
電子書籍を見てみる。
selected entries
categories
archives
recent comment
  • ■ パプアニューギニア、ココポ付近で大地震、M7.5。 5月5日 
    秘密神社 (07/20)
  • ■ パプアニューギニア、ココポ付近で大地震、M7.5。 5月5日 
    ppp (05/07)
  • ■ 集団ストーカー被害者続出! 創価学会は、北朝鮮の宗教である。
    亦野和美 (03/15)
  •  「鹿島神宮の三つ巴の紋章」と、「王」と言う漢字は、アマテラス、ツキヨミ、スサノオを表わし、それは、勾玉の発祥となる。 スサノオは、王の始まり。
    山陰神話ロマン旅行 (12/26)
  • 1、なぜ、地球の重力は、質量から換算した論理値より弱いのか。
    高橋信治 (12/18)
  • 1、癌とは何か?
    高橋信治 (09/22)
  •  ■ 80、中国で、M5.3の地震。 6月8日
    秘密神社 (06/24)
  •  ■ 80、中国で、M5.3の地震。 6月8日
    くまちゃん (06/09)
  •  ヘリコプターによる自宅上空の旋回・威嚇という人権侵害について
    こんばんは (02/14)
  • 13、献血の、体への負担
    高橋信治 (10/13)
recent trackback
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM